1月31日(火)
先日、次女Mが1歳の誕生日を迎えたので、ケーキ屋さんにバースデーケーキを注文し、義父母と一緒に祝った。この前生まれたばっかりだったのに、あっという間にもう1年。感慨深いものがある。子供嫌いだった私が、あれよあれよいう間に2児の母になり、今では正真正銘の親バカである。こういう自分の変化も奇跡であるが、それは、妊娠・出産・子供の成長という奇跡を体験してきたからであろう。今でも、この子達が、私の中で大きくなり、違う個性を持った人間として、この世に出て来たことが信じられない。
お腹にいた時に超音波断層写真で写っていた「米粒」のような胎児が、出産時には3.5キロ、今では体重が3倍以上の12キロになり、背は65センチが75センチになった。歯は8ヶ月から生え始め、今は上が4本、下が3本になった。
(長女は1歳まで生えてこず心配した)10ヶ月頃からハイハイを始め、11ヶ月頃からつかまり立ちができるようになり、力持ちで泣く声も笑う声も大きく、ヘラクレス、スマーキ(小さい相撲取り)、ターザン、カリカンザロス(夜中に徘徊するいたずら小人)という異名を持つ。
離乳食もほとんど卒業し、普通の食事を細かくしたものはほとんど何でも食べ、今まで病気ひとつしない健康優良児だ。唯一、でべそで心配したが、それも絆創膏で押さえていたら無事治った。頬ずりするとマシュマロのように柔らかく、ももはムチムチと弾力があり、愛しい、生命力の固まりのような生き物だ。「あーうー」「だー」「でー」と発する声がユーモラスで、あやすとケラケラと良く笑い、「和む」キャラクターである。
指しゃぶりと物を投げる、紙を破るのが趣味で、まったくもって目が離せない。じっとしていないので、オムツを換えるだけでも一苦労である。顔は和風なので、私に似ていると良くいわれる。長女とはいつもおもちゃの取り合いをし、長女の髪の毛をつかんだりして負けてはいない。今日もテーブルクロスをひっぱり、テーブルにのっていたお気に入りのお皿を割られてしまった(涙)。そして、度重なる夜泣きには、私も旦那も閉口している・・・


お義母さんは料理上手。ギリシャに移住した

きのう義母から電話がかかってきて、「子供にはチキンは食べさせないでね。テレビ見たでしょ?怖くて仕方ないわ・・・」とのお達しが。「え、今日、調度もも肉
「輸入の大きな魚は、子供には与えないでくれ。テレビでやってたけど、養殖の大きい魚には色んな薬品飼料が使われていて、危険なんだそうだ。」などなど。一時は、狂牛病で牛肉も敬遠されていたし、安心して食べられる食品が少なくなっている。
「
「ハーレクイン・ロマンス」小説で有名なハーレクイン社の調べによれば、数年前、世界14カ国でアンケートを行った結果、「自分の夫、恋人はロマンチック」との回答が一番高かったのは、なんと、ギリシャだったそうだ。最低はポーランド、日本は下から
、最低は日本の34%とのこと
。
ギリシャ人と国際結婚した人に、実情を聞いてみたいところだ。うちの旦那は、あんまりギリシャ人ぽくないと思っていたら、どうやら日本とギリシャの中間位の感じ。昔は花とか良く買ってきてくれて感激したけれど、うちでは無口だし、愛してるなんて、あんまり聞いた覚えがない。でも、確かに言葉は大事だが、行動はもっと大事だと思う。いくら愛してると言ってくれたって、それを証明する行動がなくては・・・だから、日本人があまり言葉に出さないのも文化的な問題であって、別に悪いことではない。日本には「察する」「行間を読む」「言わぬが花」「口は災いのもと」「沈黙は金」「あうんの呼吸」「一を聞いて十を知る」「本音とタテマエ」などという文化があるのだから。1から10まで言わないと分かってくれない世界は、時として疲れるものだ。
8月に肺炎で急に亡くなり、お葬式にも出られませんでした。海外に嫁いだ宿命です。そして、49日の法要で一時帰国した時に、なんとも虚しい気持ちに襲われたのです。私は、父の人生のことをほとんど何も知らない。父は幸せだったのだろうか・・・父は厳格で、石橋を叩いて、結局渡らないような慎重な性格でした。大変な思いをして貯めたお金も、ほとんど使わないで亡くなってしまいました。考えすぎる心配性な性格、ネガティブな思考、そんな父の一部を自分の中に発見するたびに、父は私の反面教師だったのだと思います。一度きりの人生、考えすぎて何も行動しないで後悔するよりも、失敗しても、とにかく行動してみる方が「生きている」感じがするのではないか・・・と考え、とにかく、興味を持ったことは、行動に移す決心をしました。 そして、ギリシャに帰ってまず行動したことは、今やっている海外挙式の仕事のHP(
今日は、エピファニア、テオファニア、またはフォタ(光の意味)と呼ばれる祝日です。イエス・キリストがヨルダン川で洗礼を受けたことを記念する祝日で、日本語に訳すと、「顕現祭」「聖霊降臨の日」ということになります。その洗礼の象徴として、各地で水を清める儀式が行われますが、アテネの近くでは、映画「日曜はだめよ」でも知られるピレウスが有名です。
クリスマスから始まったドデカイメロ(12日間)というヨルティ(祝祭)も終わり、クリスマスの飾りつけともおさらばです。なんとなく、寂しいな。でも2月になれば、今度はアポクリエス(謝肉祭)で、変装を楽しむカーニバルが各地で見られます。 夜、テレビを見ていたら、冷たい水に飛び込んだショックで、死亡した人が出たというニュースをやっていました。新年早々・・・ご冥福をお祈りします。川の急流に流されて、おぼれそうになった人がいたり、十字架を奪い合って、喧嘩になった場面も見られました。危ない、危ない。また、水に飛び込むのは若い男性だけかと思っていたら、若い女性や、はげたおじ様もいてびっくり!皆さん、くれぐれも、命だけは落とさぬよう、お気をつけて・・・ 
1,750シートのホールの他に、展示場もあり、広々として、モダンで、キラキラ輝かしい建物です。シーズンは10月から6月ですが、(夏は野外のアテネフェスティバルがあるからでしょう)もしアテネで時間がとれれば、コンサートも良いのではないでしょうか。アテネでは、チケットも公演間近まで残っていることも多く(ギリシャ人は、間際になって行動を起こす民族だからでしょうか?)比較的チケット代もリーズナブルです。
数年前にハンガリーのブダペストに旅行した時、調度クリスマスのオペラコンサート、「ボエム」がオペラハウスであり、ラッキーにもチケットが取れたので行ったのですが、その重厚で優雅なオペラハウスの内装に圧倒されました。赤いビロードカーテンのドレープに縁取られたサイド席の個室、まばゆいシャンデリア、フォーマルドレスを身にまとって、開演前のワインと会話を楽しむ紳士淑女・・・まるで宮殿のパーティーのようでした。その中で、私はなんとも場違いな感じで恥ずかしかったです。次回(いつ??)はきっとドレスを着ておしゃれして来るんだと心に誓ったものです。アテネではそれほど気張る必要はないですが、それでも、おしゃれをして来ている方も多かったです。私は、日常がてんやわんや(二人の子育てで)し過ぎているので、非日常の時空を味わうのが大好きなのです。 
ギリシャにはお正月の「三が日」というのはもちろんなくて、今日からうちの旦那も出勤です。でも、1月6日くらいまではクリスマスモードが続いていて、街のデコレーションもそれまでは取り外されないで残っています。アテネの街も、クリスマスツリーやイルミネーションが綺麗で、シンタグマ広場、コジア広場、オモニア広場などでは凝ったツリーが見られ、車道の上や歩道脇にもライトが輝きます。一般の家庭でも、バルコニーをきれいに飾りつけしているところもあって、うちのアパートのお向かいさんも色とりどりのライトを飾っていて、目の保養になります。写真のような、ちょっとふざけた飾りつけもあって、暗闇で見たら、泥棒かと思っちゃいますよね。
初日の出ーーーー。明けましておめでとうございます。元旦の朝、晴れて風なし。 1月1日、ギリシャの一般的な今日の行事。それは、アクロポリスに初詣・・・ではありません。ポダリコとバシロピタ(新年のケーキ)の切り分けです。
ポダリコとは、1月1日に初めて家に足(ポディ)を踏み入れた人がラッキーな人ならば、その家の1年は安泰という言い伝えで、逆に不運な人の訪問を最初に受けてしまったら・・・追い返しましょう!?ということで、うちの娘は義父母と義姉のリクエストを受けてポダリコをやって参りました。ご苦労さん。また、ザクロもラッキーなフルーツと考えられていて、新年に入口のドアのところで床にたたきつけて、果肉のとび具合で運を占うとのことです。
そして、義父母の家でのケーキの切り分け。このバシロピタと呼ばれる新年のケーキは、スポンジケーキにオレンジピールが入っているのや、砕いたくるみの入っているものがあります。切り方にもルールがあります。(これは、うちのローカルルールかもしれないが)サンタ(アギオス・バシリス)さん、キリスト様、マリア様、家、家族全員の分を当分に切り分け、自分の取り分の中に隠されたコインが入っていれば、その人はその年のラッキーな人ということになります。(私、今まで当たったことないですー!)これは、会社などでも行われるみたいですよ。その場合は、コインが入っていた人はお金やプレゼントをもらえたり・・・ギリシャ人も結構、縁起をかつぐんですね。ちなみに今年はうちの上の娘にコインが当たりました。おめでとう! 今年もみんなにとって、素敵な良い年になりますように! 








