イベント
2008年05月01日
復活祭の飢えたオオカミ
前日は、夜中に長女と教会に繰り出し、「カリ・アナスタシ!」とキリスト様復活の日を祝い、厳粛な気持ちになり、聖なる火を頂いてきました。ここまでは通常通り。小雨もぱらついて、お天気には恵まれませんでしたが。

そして、日曜日の復活祭のご馳走を楽しみにしていた私たち。復活祭前は、動物系の食事を節制する期間(サラコスティ)があるので、喪が明けたように、復活祭の日は大手を振って、たらふく肉を食べまくる日でもあります。といっても、私や子供は、全然節制していませんでしたが、しばらくお腹の調子が悪かったこともあって、節制せざるを得ない状況にあり、この日は何があっても食べるぞー!と食欲を露わにしておりました(苦笑)。
この時期、家族4人、旅行でもするとなると、GWかお盆の旅行のように、混み合うし値段も高いし・・・で大変。ということで、今回のパスハもどこへも行かず、アテネに残留。復活祭の日は、店も閉まってしまうことが多いので、主婦は復活祭の伝統料理を用意しないといけません・・
マギリッツァと呼ばれる羊の臓物と米のスープ、羊の丸焼き、ココレッツィと呼ばれる羊の臓物を串に巻き付けて焼く料理などが伝統的ですが、私も義母も疲れ切っていて、今回は義父母を我が家に招待して、肉は店からデリバリーにしましょう!ということに落ち着きました。うちの旦那も、義父も、誰かに負担のかかることはしたくないという理解のある人で幸いでした。私は、復活祭柄のテーブルクロスを用意しただけでラッキー!まあ、その前の掃除が大変でしたが。
しかし・・・事は、そう簡単には運びませんでした。デリバリーを注文したのは義父。プシスタリアと呼ばれる肉の専門店。アルニ(羊肉)とパイダキャ(リブ)とギロとココレッツィと・・・山ほど注文して、我が家に昼の12時半に届く予定が・・・・・待てど暮らせど届かず・・・お腹をすかせた子供たちも「早くお肉――!お腹空いたーー!」と叫び、大人たちも、次第にイライラして話もはずまず、昼にたくさん食べるために、朝食はほとんど食べていなかったため余計に空腹は募り、怒りがムラムラと湧いてきます。ああ、せっかくの楽しいはずの復活祭が・・・(涙)。ベランダに出れば、他の家から、肉を焼くおいしそうな匂いが漂い、よだれが出そうです。
悪いことに、義父が、注文したお店の電話番号を持ってくるのを忘れて、お店の名前もはっきり分からないのでフォローの電話を入れることもできず・・・1時間ほど待ったあと、仕方なく、旦那が義父の家まで走り、電話番号を見つけて「どうしたんだーーー!」と憤りをぶつけたところ、なんと、その注文を書いた紙をなくしたとか、忙しくて間に合わないとか言い訳をし、結局何にも用意していないとのこと・・・・唖然・・・・・「あと30分で届ける」と言ったそうですが、そんなの無理に決まっているじゃない(怒)!!この日は、そうでなくても他の店は休みが多く、スタッフは少なく、注文は通常の何倍にもふくれあがっているのだから、間に合うはずがない。そして、旦那が家に戻ってきて、待つこと30分、それでもやっぱり来ないので、飢えたオオカミたちの胃袋はもうこれ以上待てず、子供は仕方なく、用意してあったサラダとパンだけをむさぼり、「あーー、これじゃ、肉が来ても入らないよーーー」というような食べっぷり。
「できないのなら、お客さんに迷惑をかけないように、最初から、できないから店まで取りに来てくれとか言うのがプロってもんじゃないのか!」と怒っていた義父も、やがて諦めモードで、「もう来ないかもしれないなあ、来ても夜かな・・」とか「そう言えば、去年も、郊外の店に食べに行った時も、混んで混んで、ちっとも肉が来なかった」「チクノペンプティ(肉を食べる日)とか、カサリデフテラ(シーフードを食べる日)とか、皆が同じ行動を取る日は、店もてんてこ舞いで、パニックになってるんだ。」
やがて、自分が電話番号を忘れたという負い目もあるのか、無言になり・・・そこへ、義母が建設的な一言。「これで一つ勉強したわね。来年は早い時間に注文するとか、取りに行くとか、直前に電話を入れるとか、もうちょっとうまくできるでしょう。」
一方、もう、期待できないと悟った旦那は、「外で調達してくる」と外へ狩りに出掛けて行き(昔の狩猟民族の家長みたいで格好いいー!)、ほんの15分位で、近くのタベルナの開いていたところから(去年はそこで食べた)おいしいお肉をたっぷり仕入れて来てくれました。
それこそ、その時の旦那は「英雄」でした!!!!!いい匂いの漂うアツアツの袋を両手に帰ってきた時は、拍手喝采!!!そして、お皿やナイフフォークや飲み物も用意周到にして待ち受け、いきなり、肉に食らいつく飢えたオオカミの様な私たち・・・手づかみで、食べる頬張る・・・。
お陰で、写真を撮る暇もありませんでした(苦笑)。でも、そのお肉のどれもおいしかったこと!!!今年初めて食べた、子羊のレバーというのが絶品で、柔らかくて本当においしかった。
皆も、やっと平静と笑顔を取り戻し、「さっきの店のデリバリーが来たとしても、きっと、半生でおいしくなかったろうよ。」「このお店は、おいしくないと思いこんでいたけど、間違いだったわ。」と、ポジティブな感じになってきたところに・・・来客を告げるブザーが鳴り響いた。そう、2時半にもなって、注文から2時間も遅れてデリバリーが到着。旦那は、インターフォンごしに、「何を今頃!もう間に合ってるからいらないよ。」と追い返したのでした。相手も、「分かりました」とすごすごと引き下がったようです。まあ、仕方ないですね。これがパーティーか何かだったら、もう終わってる時間ですからね・・・・こちらも勉強になりましたが、店側もちょっと勉強してもらいましょう。
何はともあれ、ほとんど残さずたいらげ、みんな満腹になり、思ったよりも安く済み、終わりよければすべて良し!の復活祭当日でした。やれやれ。
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2008年04月28日
復活祭(パスハ)の卵
きのう、4月27日はギリシャ正教の復活祭(パスハ)でした。復活祭前後は、子供の学校が2週間ほど休みになるので、親達はかえって忙しくなってしまいます(苦笑)。
このところ、自分や家族の体調がイマイチで、低空飛行の毎日でしたが・・・今年もパスハが家族揃って無事に迎えられて良かったです。家中を綺麗に大掃除して、夜中に教会に行って気持ちを新たにするところなど、なんとなく、日本で新年を迎える気持ちと似ています。
子供と一緒にいる時間がたくさんあったで、今年は卵の染色をしてみました。イースターエッグと呼ばれ、赤い色はキリストの血を、卵は新しい生命を象徴すると言われています。最近では、スーパーで染色済みのゆで卵を売っているので、家でやる必要もないのですが・・・長女は、この手の作業が大好きで大喜びです。本来なら赤色に染色するのが伝統ですが、それにこだわらず、家では他の綺麗な色で染色したり、色んな模様を描いたり、シールを貼ったりして楽しみます。卵染色用の粉が売っていて、その染料と酢を入れたぬるま湯に固ゆでした卵を3分ほどつけて乾かした後、専用の液をつけて磨き、つやを出すと、こんな風に綺麗な卵ができます。

その後、スリーブと呼ばれる熱湯につけると縮むビニールの絵柄を卵に巻き付け、おたまに卵を乗せて、沸騰した鍋の中につけると・・・あら不思議!ビニールがシュッと縮んで卵になじみ、魔法のようにデザイン付きの卵のできあがり!これは、大人でもなかなか楽しめます!他にも、シールを貼ったりして、色々な模様の卵ができました。

さて、この卵で何をするかというと・・・他の国では、卵を隠して見つける遊びが有名ですが、ギリシャではやらないようです。ギリシャでは、パスハの食卓で行われる習慣として、赤い卵をぶつけ合う遊びがあります。(投げてぶつけるわけではありませんよ!)赤く染色したゆで卵を各自が一つずつ持ち、「キリストは復活せり」「真に復活せり」と言いながら、卵の頭とお尻を同席の相手の卵と順々にぶつけ合い、最後まで割れないで残った人が勝ち(幸運?)というゲームのようなものです。これも、結構盛り上がり、最後にバリバリになった卵は皮をむいて、うちの場合は鳩の餌にします。
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2008年03月27日
ギリシャの独立記念日
3月25日はギリシャの独立記念日でした。
ギリシャが、1821年から始まった独立戦争を経て、何百年にもわたるトルコ支配から独立したことを祝う重要な記念日です。
「自由か、さもなければ死を!」というのが当時のスローガンでした。今のギリシャの自由は当たり前のことではなく、先人が、血と汗と涙と誇りで勝ち取った、かけがえのないものなのだということを思い出す日です。

25日当日は祝日で、アテネ中心部では、軍隊による大規模なパレードが行われました。この祭典の一貫として、学校では、3月25日前後に、生徒達のパレードや行事が行われます。
祭典では、ギリシャの旗を持ってパレードをしたり、ギリシャ各地の昔の民族衣装を着たり、独立記念日にちなんだ歌や国歌を唱和したり、ギリシャダンスを踊ったり、詩を詠んだりします。ギリシャの国歌は「自由への讃歌」というD・ソロモスの詩から取られたものですし、ギリシャの国旗は独立戦争時の軍旗が元になっているということからも、この独立記念日の重要性が分かります。

民族衣装というのも、やはり、国家のアイデンティティーとして象徴的な役割があるのでしょうね。日本の民族衣装、着物も素敵ですが、ギリシャの民族衣装も地域性があってとても綺麗です。特に、刺繍は伝統的に高い技術があり、昔の貴族の人の衣装や結婚式の衣装など、特別なものはかなり精巧で美しい手刺繍が施されています。
もちろん、学校行事で着る民族衣装などは、それほど品質の良い物ではないですが、この時期になると、仮設で民族衣装をレンタルする店ができ、大人用から子供用まで、色々レンタルできます。各地の民族衣装だけでなく、昔の将軍の制服や、初代女王アマリアスの衣装(下写真右)、チョリアスと呼ばれる若い兵隊さんの正装(下写真中央)もあります。チョリアスの正装は、白いプリーツスカートと刺繍付きベスト、帽子とボンボンのついた靴が特徴で、本物のチョリアスはアテネの国会議事堂の前で見ることができますし、一緒に写真を撮ることもできます。1時間ごとに衛兵交代の儀式も行われます。

民族衣装に興味があるならば、バシリス・ソフィアス通りのベナキ美術館、スタディウ通りの国立歴史博物館でも見られます。国立歴史博物館は、特に独立戦争時代の資料が豊富で、当時の軍人の肖像画、写真、勲章などが多数展示されています。
博物館前には、独立戦争の英雄であるコロコトロニ将軍の騎馬像が目をひきます。この将軍はギリシャのヒーローで、色んな所で彫像などを見かけます。
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2008年03月25日
オリンピック聖火の採火式
3月24日に、ギリシャのオリンピック発祥地、オリンピアにて、2008年北京オリンピックの聖火採火式が行われました。

そもそも、オリンピックは、その聖地オリンピアのアルティスと呼ばれる神聖な場所で4年に1度行われた、ゼウス神に捧げる祭典でした。紀元前8世紀から行われたその祭典では、力や技に自信のある個人や都市国家(ポリス)の威信と名誉を賭けて、肉体と精神の最高峰を目指す競技が繰り広げられていたそうです。当初は、男性だけが参加や観戦を許されていました。
そのようなオリンピックが、今まで、政治に利用されたり、戦争で中断されたり、コマーシャリズムに支配されたり、薬物問題が取りざたされながらも、現代まで世界平和と協調に貢献する大会として継承されていることは、ギリシャの誇りとなっています。

オリンピアは、ペロポネソス半島の西北部にあり、緑豊かな風光明媚な土地でしたが、去年の夏の大規模な山火事のため、かなりの部分が焼け野原と化してしまいました。オリンピアの遺跡も一部被害を受けたり、博物館近くまで火の手が迫っている映像は、かなりショッキングでした。前回、2004年アテネオリンピックの際の採火式の様子をテレビで見た時、なんて美しい場所だろうと感動していたので、その自然が失われたことが残念でなりませんでした。

採火式の日は、あの周囲の自然が今どのように復活しているのかに一番興味があって、テレビの前に釘付けになっていました。
いつもと同じ、オリンピアのヘラ神殿前での採火式。まず、周囲の自然が、前と同じように美しく映っていたのに感銘を受けました。青々とした芝生、新緑の木々、この地区の再生に尽力したとは聞いていましたが、山火事の傷跡は、少しも感じさせない美しさでした。
まあ、テレビには綺麗なところしか映さないのでしょうけれど・・・

そして、彫りの深い顔立ち、豊かな黒髪を結い上げた巫女の女性達が、ドーリス式の円柱が残る遺跡のそばで、優雅に揺れるプリーツの衣装を身につけて行う、荘厳な儀式。演劇のようでもあり(実際、その巫女達は女優さんです)古代の世界にタイムスリップしたかのような錯覚。
採火は太陽光を特殊な鏡(上写真)で集めて行われます。お天気にも恵まれ、乱入者のハプニングもありましたが・・無事に採火できました。もし天気が悪くて採火出来ない場合は、前日のリハーサルで採火したものが使用されるそうで、ギリシャ内でも、万が一のため、予備の聖火が保管されます。

聖火はアテネオリンピックのテコンドー銀メダリストである第一走者の男性選手のトーチに点火され、中国の北京へと、長い長い聖火リレーの旅へと出発しました。
ギリシャ国内では、1、528キロの距離を605人の走者が7日間かけて走り、3月30日にアテネのパナシナイコスタジアムに到着する予定です。スタジアム内では、2004年アテネオリンピックのギリシャ人メダリスト達がリレーし、最後に、北京オリンピック委員会へとバトンタッチすることになります。
そしてその聖火は、8月8日、「鳥の巣」の愛称を持つ、北京オリンピック メインスタジアムの聖火塔に点火されるまで、世界各国を巡る長いトーチリレーの旅に出ることになります。
それにしても、平和の祭典とは裏腹のことが現実には起こっていて、儀式中にチベット抗議活動家の乱入があり、そのことの方が世界的にニュースになってしまい、複雑な思いです。
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2008年03月12日
我が家のアポクリエス
アポクリエス(カーニバル)も終わってしまいました。
うちの子供達の仮装は、今年はこんな感じでした。(右の二人)

長女は「眠れる森の美女」次女は、「三銃士」。次女はやんちゃなので、男の系の格好が良く似合います。調度、お姫様と護衛の騎士、という感じで良いペアになりました(笑)。その格好で幼稚園でビュッフェパーティー(子供だけ)をやったり、長女の幼稚園のクラスメイトの誕生会に行ったり、バレエ教室の仮装パーティーに行ったり、義父母と共にレストランへ行ったり・・色々、衣装も活躍しました。

この長女のクラスメイト(赤いつなぎを着た右側の子)は、トゥリアンダフィロス つまり、「薔薇」という名前の少年です。このギリシャ語は、「30枚の花びら」というような意味にも取れますが、実際に薔薇の花びらを数えてみたら、なーるほど、30枚くらいありましたよ!

こちらでは、子供の誕生パーティーは、ペドトポスと呼ばれる遊具付きカフェ(最近、日本でも親子カフェというのができてきましたよね)で行われることが多いです。ここなら、家が破壊される心配もなく、料理に頭を悩ませることもなく、掃除もしなくていいし、子供達が飽きることもなく(子供の面倒を見てくれるスタッフがいます)、時間も制限つきだし、本当にママにとっては大助かりの場所です。

こちらはバレエ教室のパーティーです。奥の方に見えるカウボーイ風の人と、チャイナドレスになぜか日本髪のかつらをつけているのが、バレエの先生ですが・・やっぱり勘違いですね(苦笑)・・
バレエ・・といっても、適当に踊ってるだけですが・・ひとり一人、自由に踊る場面もあって、中には才能の片鱗を見せている子もいましたね。そうそう、一番上の写真の左に映っている子は、ブレイクダンス風の踊りが上手でした!うちの子は・・・ユラユラしているだけでしたが。
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2008年03月07日
アポクリエスの風景・・今週のザピオン

ギリシャのカーニバル、アポクリエスもこの週末で終了。先週末のザピオンの風景です。
今週末まで子供向けのイベントをやっているので、ギリシャの天使達を見たかったら今週末ザピオンへ!シンタグマ広場、斜め前の国立庭園のすぐ隣です。



ザピオン横には、素敵なオープンカフェもあります。今は混んでいて大変ですが、いつもはゆったりとして、公園の緑と、リカヴィトスの丘を眺めながら、くつろげるお勧めカフェです。

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2008年01月10日
ギリシャ正教の結婚式
去年のことになってしまいますが・・年の瀬の忙しい時期に、旦那の知り合いの娘さんの結婚式があったので行ってきました。

私の仕事は、日本人観光客のために、アテネでの海外挙式(プロテスタント式)をアレンジしてアテンドするコーディネーターですが、実は、ギリシャ正教の結婚式をじっくりと見る機会がなかったので、喜び勇んで出掛けました。思えば、初めてギリシャ正教の結婚式を見たのは、ギリシャ語の学校の先生が結婚した時だから、もう6年前・・・

場所はネオ・プシヒコという場所にあるアギア・ソフィアという大きくて立派な教会。中の壁画もすばらしく、前の広場も、花嫁が入場するのにふさわしい、広いスペースがあります。
開始時間19時に10分も遅刻して到着した時には、200人くらいの人が集まって、寒い中、外で花嫁の到着を待っていました。ギリシャでは、結婚式は夜にやることが多いようで、どうしてかというと・・・その後、続いて夜通しのパーティーをやるからですーーーー!さすが、夜更かしの得意なギリシャ人です。

花で飾られた車に乗って花嫁がやっと到着し、お父様と一緒に腕を組み、美しい花嫁が、ランプでロマンティックにライトアップされた長い緋毛氈の上を、いそいそと教会の入り口まで進む・・・まるで、どこかで見た映画のようです。
そして、教会の入り口で待ちかねていた花婿に、お父様が大事な花嫁をたくし(この場面は、他人でもうるうるしますね・・・)、挨拶をかわした後、教会内に入場。
その後の式の進行は下記のとおりです。
婚約の儀式:讃美歌(ギリシャでは女性コーラスはなくて、男性だけの荘厳な歌です)の後、司祭が新郎新婦の指輪を持ち、それぞれの額の前で3回十字を切った後、指輪の交換。ギリシャ正教では、右手の薬指に指輪がはめられます。これは、慈悲を与えるのは神の右手であり、キリストを天に導いたのも神の右手だったからだそうです。その後、クンバロスと言われる介添人夫妻が、3回指輪を交換。この交換の意味は・・・夫婦の一方がもう一方の弱点や不完全なところを補いあうことが必要だということを象徴しています。儀式の中で、色々な行為を3回繰り返す意味は、神と子(キリスト)と聖霊の「三位一体」の象徴です。夫婦の忠誠、調和、愛をお祈りする司祭の祈祷で婚約の儀を終了します。

婚姻の儀式:この二つ目の儀式は、讃美歌、祈祷、冠(ステファナ)の交換、聖書の朗読、杯の交換、祭壇の周りを回る儀式、祝福、と続きます。
冠(ステファナ)の交換が、この儀式のクライマックスとなるわけですが、この冠は丸い金属の輪で、美しい飾りがついていることが多く、新郎と新婦の分、二つが、結婚を象徴する白いリボンで結ばれています。それを、司祭が聖書の前で清め、十字を切ったあと、3回、新郎新婦交互にかぶせ、その後、介添人も3回、ステファナを交換し、結婚の儀式の証人となります。
新約聖書の朗読があったあと、杯の交換・・・つまり、ワインの入った一つのグラスを互いに飲む儀式があります。これは、日本の三三九度に似ているなあ、などと思ったのですが、由来は、聖書の一節にあります。キリスト様が参列した婚礼で、水をワインに変えたという聖書の逸話から来ているらしく、一つのグラスから飲むという儀式は、人生において、喜びも悲しみも一緒に分け合う、夫婦一如の人生を表しています。
司祭が、結婚による一体化を象徴するように新郎新婦の両手を合わせます。そして、クライマックスである祭壇の周りを3度回る儀式の時には、招待客から一斉に歓声とライスシャワーを浴び、司祭に導かれ、夫婦最初の一歩を踏み出すことになるわけです。祭壇というのは、神の言葉の書かれた聖書と、キリストによって人々が救われたというシンボルである、十字架が置かれたテーブルです。この周りを歩くことは、彼らの歩む、神とキリストを中心とした世界が象徴されているわけです。この儀式の間、結婚生活の中で、愛する者のために、自分を犠牲にしても尽くすという無償の愛を謳う讃美歌がバックで歌われます。介添人も、ステファナが落ちないように押さえながら、新郎新婦の後ろを黒子のようについて回ります。

最後に、司祭がこのステファナを新郎新婦からとりはずした後、幸福で実りの多い結婚生活が末永く続くことを神に祈り、神だけが二人を分かつことができるという夫婦の宣言することで儀式は終了します。
人がたくさん居すぎて、近くで写真が撮れなくて残念でしたが・・雰囲気は伝わったでしょうか。
私自身、結婚式の仕事をしているわけですが・・・・他人の結婚式を見るたびに、我が身を振り返り、初心に戻り、旦那を大事にしなければいけないなあ、と思います。最近は、子供にばかり目が行って、旦那のことがなおざりになっていることを反省する私でした。
長くなってしまったので、次回、続きを書きますね。
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2008年01月08日
日本のギリシャファンの方へ告ぐ
「ギリシャ村の午後」と題した、ギリシャファン集合(?)のチャリティーコンサートが、日本で下記の通り開かれるそうです。
ギリシャ音楽やダンス、ギリシャに関するおしゃべりを、ギロをつまみながら楽しんでみませんか?
主催・企画:『百年の木の下で』プロジェクト
問い合わせ・申し込み(先着順40名)
hyakunen-noki@hotmail.co.jp
協力:kompania ILIOS, ギリシア研究会“パレア”
レストラン スピローズ
会場:ギリシャレストラン スピローズ 六本木店
(港区六本木3-15-24森川ビル2F)
Tel:
会費:2500円(500円は寄付となります)
ギロとワンドリンク付(追加は実費)
日時:2008年2月17日(日)
午後2時から5時(開場午後1時40分:乾杯
詳しい記事はこちらです。http://blog.goo.ne.jp/lesvosolive/e/bf0781ec3573cf0a39c2190020cdd589
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2008年01月06日
新年のケーキで運試し
ギリシャの新年の習慣に、ヴァシロピタというケーキの切り分けの儀式があります。
家族、会社、組織などのメンバーで、ひとつの丸いケーキを切り分け、中に隠してあったコインが当たった人が、その年のラッキーな人物となります。その切り方にもルールがあって、家族なら、家長が家族の人数分プラス、アギオス・バシリス(ギリシャのサンタクロース)、キリスト様、マリア様、家全体、などの分も加えて等分し(誰の分を入れるかは、家によって違うかもしれません)それぞれのお皿に取り分けて頂くのです。
家で焼く人もいますが、お菓子屋さんには、年末から、新年の年号を書いたこのケーキがどこでもたくさん売り出されます。だいたい、表面に真っ白な粉砂糖が、雪のようにまぶされていますが、ケーキではなく、ツレーキという甘いパンのバージョンもあります。(下の写真はツレーキ)


