ギリシャ妊娠・出産体験記の6回目です。

 

随分、思ったより長い連載になってしまいました。今日はやっと、クライマックスの長女出産の時の回想です!

 

2003年の8月。予定日の前の日に検診に行くと、出産も間もなくですと予告され、予定日を過ぎたらすぐ切ります(!)と宣告されていた帝王切開を、ギリギリのところで免れて本当にラッキー!そして、ドキドキワクワク・・予定日には、旦那に会社を休んでもらってスタンバイ。入院用のかばんは、もう1ヶ月も前から用意してあり、あとは時計を片手に、陣痛間隔と陣痛の長さを測るだけ。ごはんを食べたり、出産の流れや呼吸法を本で再確認したりして、まったくもって落ち着かない。陣痛間隔が10分位?(これ、正確に覚えてないんです・・)になったら病院に来るようにと言われていて、でも、初産で不安なのでちょっと早目に、夜10時頃病院に行き内診すると、子宮口がまだ2センチしか開いていないというので、いったん家に帰された・・・がっくり。タクシーで30分以上かかる道のりなのに!

 

その晩、隣でグーグー寝ている夫をうらめしく思いながら、陣痛間隔を測るために時計を片手にしながら、陣痛の痛みに七転八倒。もう耐えられない!(注:私は人一倍、痛みに弱い)やっと朝が来て、無線タクシーを呼んでもらおうと思ったら、今度は夏休みモードで全然タクシーがつかまらない!!あー、どうしよう、タクシーがつかまらなくて家で産気づいたら!タクシーの中で生まれたら!と旦那とともにパニック状態になった。仕方なく、流しのタクシーを旦那が探しに走り、私はアパートの前でうずくまって、うなりながら待っていた。

こういう時、旦那ってあんまり頼りにならない。「我慢して!」って言われたって、こっちはこんなに痛いんだからーーー、と泣きたい気分。そしたら、アパートの一階の足の悪いおばあさんが、家の中から椅子を持ってきて座らせてくれ、その優しさに感動・・・

 

やっとのことでタクシーをつかまえ、病院にかけつけ、即入院。でも病院に入ると、もうそこは、「妊婦にプライバシーや人権はないのか!」と叫びたくなるような状態。「赤ちゃん大量生産工場」みたい。ドアを開け放ったままで(廊下から丸見え!ついたてもあったが機能していない)、いきなり剃毛と浣腸。これが、なんの予告もなしにいきなりやられるので驚く。普通、「これから〜しますよ。」とか言いません??これでも、私立のいい病院なんですよ。(設備はいいけど配慮が・・・?)子宮口の開き具合を内診(これもいきなり!)すると、5センチ。この子宮口の開き具合を診察されるのが、また痛くて。この、グルグル指を入れてかき回すようにする診察を、出産まで何度繰り返したことか。思い出してもぞっとする。そうそう、お医者さんは、最後までほとんど登場しなくて、その間、助産婦さんがすべてそういう診察をするのですが、それが大層荒っぽい(涙)。まあ、1日に何十人も面倒見るわけだから、いちいち気を使ってもいられないのかもしれないけれど、あんまりだ!

 

だいたい、ここから10センチ以上の赤ちゃんの頭が出てくるとは到底考えられない。ある人が、「鼻から地球を出すくらい痛い」と言っていたのを思い出し、恐怖におののく。陣痛室に移されると、そこでは数人の妊婦がうめき声をあげている。陣痛監視装置をお腹につけられ、グラフで陣痛間隔と長さ、胎児の心音をチェックしながら子宮口が10センチ開くまで待つ。ああ、あの時の恐怖感といったら、人生最大のものだった。麻酔をしなかった(破水して間に合わなかった)他の妊婦の引き裂かれるような断末魔の叫びは、今も耳に残っている。ホラー映画よりもずっと怖い。次は我が身・・・と思うと手足が冷たくなり、歯がガチガチなって震えが止まらなくなった。あんな経験は、後にも先にもあの時だけ。

 

初めは、なるだけ自然な出産を・・・と望んでいたにも関わらず、助産婦から「麻酔しますか?ここでは8割の人がするんだから心配ないわよ。後でしてといわれても、手遅れよ。」と言われ、情けなくも「早くお願いします」と懇願してしまった!多少挫折感はあったが、痛みに弱い私にとっては、それが最良の選択だった、ホント。あの時点であの痛み・・・それから後の、クライマックスの出産、会陰切開、縫合などを麻酔なしでやったら、もう、気絶していたかも。自然分娩で子供を産んだ人、すべて尊敬・・・(母に言うと、大げさねえ、と言われるが)

 

長くなってしまったので、次回は出産の様子を詳細に!

 

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