今日は子供の日ですね。

といっても端午の節句だから男の子のお祝い日か・・

 

日本でもそうでしたが、昔は、ギリシャでも男の子が望まれていました。やはり男社会だったんですね。

今では、女性の方が強いような気がしますが。

birds

 

(義母の刺繍した鳥の額縁)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

義父の話では、義母が最初に子供を生んだのは女の子(旦那のお姉さん)でしたが、生まれた時のお医者さんの最初の一言は・・・

 

「残念ながら、女の子でした。」

 

昔は羊水検査も、超音波もなかったですから、性別は生まれるまで分からなかったわけです。義父母は、どちらでも健康な子なら良いと思っていたそうですが、このお医者さんの言葉は当時の社会を象徴していると思います。私が次女を生んだ時も、知人のお年寄りに「また女の子だった。」と言うと、「ゼン・ピラージ(かまわないわよ)」と言われてしまいました。そんなつもりで言ったわけではないのに・・・

cushion

 

(旦那の叔母さんが刺繍したクッションカバー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリシャでは、昔(といっても数十年前まで)、プリーカという習慣がありました。女性は、お嫁に行く時に、プリーカと呼ばれる多額の持参金や財産(家、土地、現金、家畜、畑などの資産)を持って行かなければならず、それが少ないと、嫁入り先からずっといびられる(肩身が狭い?)羽目になると言われていました。

 

これは、もともと、嫁ぎ先での嫁の立場を保護するためのものだったらしいです。だから、女の子を持った家は、嫁入り先での娘の幸せのために、必死に蓄財しなければなりませんでした。男兄弟がいる場合、姉妹を先に片付けるのが優先だったようです。

 

うちの旦那と結婚する時、「君はラッキーだ。結婚するにも、身一つでいいんだから。」と言われました。本当に、その通りです。今の時代で良かった!何も持参しませんでしたが、幸い、私はイジメられていません!(それどころか、お世話になりっぱなし・・・

 pillow

 

(旦那の祖母が作ったレース編の枕カバー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、嫁入り道具として、昔は、自分で作ったレース編み、織物、手の込んだ刺繍の布小物など(シーツ、タオル、枕カバー、テーブルクロスなど)の手芸品を、持っていく習慣がありました。

 

実用というよりは、ほとんど、人に見せるための物ですから、不器用な女性には辛い習慣だったろうと思います。田舎では、一般公開するために、窓に飾られていたという話も聞きました。うちにも、旦那のおばあさんが作った枕カバーや、お義母さんが刺繍した鳥の額縁、叔母さんの刺繍したクッションカバーなど(上の写真)があります。うちの旦那はあまり好きではないようですが、どれも温かみがあって素敵です。

 

電化製品や既成の食品などもなく、こういった古い習慣に縛られて、昔の女性は大変だったなあ・・・と感慨ひとしお。今の自分の恵まれた環境に感謝するのみです。

 

だって、我が家は娘二人。昔だったらどうなっていたことやら。

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