2009年02月25日

チクノペンプティは肉三昧!

ギリシャでは、2月末はカーニバルの期間にあたりますが、カーニバルといえば、日本語では「謝肉祭」!。

ギリシャでは、カーニバルの期間内に、「チクノペンプティ(肉を焼く煙の匂いのする木曜日)」と呼ばれる肉を食べる日があり、今年は2月19日で、うちも、恒例の店に押しかけました。

 

この日は、ギリシャ人は皆こぞって、肉を食べに出掛けます。肉専門のレストランは「プシスタリア」と呼ばれ、炭火を使った肉料理が本当においしいので、肉を食べたい時にはお勧めです。

 

まずは、羊肉の内臓を串にグルグル巻き付けてあぶった「ココレッチ」。ほろ苦いレバーの味が絶品ですが、ちょっと好き嫌いが分かれる味で、店によって、当たりはずれが大きいです。

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ギロと呼ばれるものは、初心者向け。下の写真のような肉を大きなナイフでこそげとって細かくしたものです。

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かなり塩味が強いのですが、ピタ(下の写真の薄いパン)やトマト、オニオンなどと一緒に食べるとなんともおいしい一品です。ピタを油なしで焼いてもらうと、さっぱりして香ばしく、日本人の好みに合うと思います。街角では、ピタの中にギロの肉と野菜などを一緒に巻き込んだ物がファーストフードとして良く売っていますが、これは結構お腹にもたまるし、安いので小腹がすいた時にお勧めです。

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パイダキャと呼ばれるのは、羊のリブ肉です。あばら骨ごとかぶりつき、肉を歯ではがしながら食べる姿はちょっとワイルドで、手も口の周りもベタベタ・・・自分が野獣のようになった気分ですが、これがまた美味。レモンをかけて食べれば、それほど気になりませんが、かなり油っぽいので、後で胃がもたれる可能性も・・・

旦那も私も、食べた後はすぐ胃薬を・・・(苦笑)

そうまでしてでも、食べたい一品です!

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日本では、羊肉は匂いが気になると敬遠される方も多いですが、ギリシャの羊肉(アルニ)は全く臭みがなくおいしいので、是非、試して頂きたいと思います。カチカキと呼ばれる山羊の肉も、おいしいです。

 

プシスタリアは、あまりおしゃれな雰囲気ではないところが多いので、とにかく、味と値段優先で。

ワインも比較的安く、一人20ユーロ位で、充分楽しめると思います。

ちなみに、今回の会計は、大人4人、子供2人、たらふく食べてワインも飲んで、合計75ユーロ!お値打ちでしょ?

 

ふと考えると、毎年、同じようなことを書いているような気がする私。

でも、明らかに違うのは、旦那のお腹がかなり恰幅良くなってきたこと、それから、子供の世話をあまり焼かなくてもすむようになったこと!これは大きな違いです。やっと、最近は外食しても、少しは自分の食事を楽しめるようになりました。子供の成長を感じます・・・

 

 

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2009年02月18日

アテネにスケート場ができた

うちの近所にパネニリオスという総合運動施設があり、長女はそこの水泳教室、次女は体操に通っているのですが、夏には子供向けのサマープログラムが色んな種目であり、重宝しています。

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もちろん、大人向けのスポーツ教室もたくさんあり、気軽にスポーツを楽しむことから、オリンピック選手養成まで、幅広くやっています。

広いグラウンド、体育館、サッカー場、プールなどがあり、カフェや、「PUMA」のスポーツ用品店も入っていて、バーゲン最後の時期は70%引きのセールになるため、その店だけは、私も良く利用しています(笑)。DSCF0509

広いプールは大人向けに一般公開しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

アテネでは、常設のスケート場というのが(私の知っている限りでは)ありませんでした。たまに、期間限定で、小さなスケート場がイベント広場みたいなところにできたりすることはあったのですが、この冬から、パネリニオスの設備の中に、スケート場ができました!テニスコートくらいの広さしかありませんが、スケート人口が少ないせいか、いつもガラガラにすいています。子供から大人までの貸し靴もあり、ちょっと値段は高いけれど、維持費を考えると仕方ないかな、という感じ。(スケート場 8ユーロ/H、 貸し靴 2ユーロ/H)入り口はマブロマテオン通り沿い。ちょっとわかりにくいけれど、大きい室内プールの横を通り過ぎて、奥の左側です。

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長女は、この冬に日本に一時帰国した時に初めてスケートを体験し、私も何十年ぶりに!やってみましたが・・・怖かったー。親子で、ペンギンの様にヨチヨチ歩きでした(苦笑)。アテネに帰ってきてからこのスケート場の新設を知ったので、こちらでも滑る機会ができたのは嬉しいことです。

 

PANELLINIOS 体育協会

Mavromateon 26, Pedion Areos  tel:210-8834408

(電車Line1 Victoria駅から徒歩3分、アレウスパーク隣)

 

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2009年02月03日

日本でロケしたギリシャの番組

日曜日、ギリシャのテレビ、アルファチャンネルで、日本でロケしたおもしろい番組をやっていました。

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Big in Japan」というタイトルで、これから何回かの連続物。

旦那に「こんなのやってるよー」と教えて貰って見たのですが、

ややや・・これって、前に、日本の受け入れ側の担当者から、色々ギリシャ人についての質問を受けた覚えがあるぞ!と急に思い出しました。

 

ブログをやっていると、情報を求めてメールを下さる方も多いのですが、この時も、色々回答したので「放映が決まったら詳細を教えて下さいね」と言ったのに、結局、それっきり。私のブログの写真を、本の出版に使わせて欲しいと言ってきた人も、本が出たら送ってくれると言ったのに、それっきり。

なんだかなあ・・・と愚痴りたくなるこの頃です。(もちろん、報酬なんかもらってません!)

 

さて、気を取り直して・・・

この番組の進行役は、ユーロビジョンのギリシャ代表として出場したカロミラ嬢。あの、脳天気でキュートでセクシーなキャラは、笑えます。

男女6人ずつ、計12名のフツーのギリシャ人が、日本で1ヶ月共同生活をし、色んな文化体験をしながらゲームを行い、負けた人から強制送還。最後まで残った勝者は、賞品として数百万円の車をゲットできるというバラエティー番組。

 

きのうは第一回目だったので、挑戦者は自己紹介と抱負を語り、男女グループが、表参道から東京タワーまで、道を人に聞きながら、徒歩で行く競争をやっていました。ギリシャ人のオーバーな反応と、日本人のシャイな反応が、どっちも分かるので、なんかおかしいんですよね。

 

「道が綺麗すぎて、ゴミを探すのに苦労した」「日本人は全然、英語ができなくて驚いた」「電車に乗る時、係員が乗客をギューギュー押し込むのを見てみたい」「人が多すぎ!」など、ギリシャ人の感想を聞いて、旦那も爆笑。

 

厳しいおかみさんのいる寮生活、和食体験、文化体験、日本語教室、熾烈なゲーム・・・など、予告でやっていたので、多分来週も見てしまいそう・・・

 

Big in JapanAlpha チャンネル、 日曜日 夜21:45〜(開始時間は、変わるかも知れません)

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2009年01月24日

映画「マンマ・ミーア!」の舞台になったギリシャ

1月30日から、日本でいよいよ、話題のミュージカル映画「マンマ・ミーア!」が公開されますね。

 

ギリシャでは、去年ミュージカルも来たし映画も公開されていましたが見そびれていたところ、幸運にも、旅行中の飛行機の中で偶然見ることができました!

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とにかく、話題の映画ですよね。世界170都市以上で上演された大ヒットミュージカルの映画化。日本では、劇団四季の上演もロングラン。演技派の主演メリル・ストリープと、脇を固める個性派男性陣(007のピアース・ブロスナン、「ブリジッド・ジョーンズの日記」のコリン・ファース)、若くて可愛らしい娘役のアマンダ・セイフライド、バックに流れるアバの名曲の数々、美しいギリシャの島の風景、と来れば、おもしろくないはずはないですよね。イギリスでは、あの大作「タイタニック」を超えるヒットだとか。

 

ストーリーは、こんなのあり?と思うような設定ですが、まあ、娯楽として楽しみましょう。

 

舞台は、エーゲ海に浮かぶギリシャの島。小さなホテルを経営するシングルマザーのドナと、その娘ソフィの物語。結婚式を控えた娘のソフィは、ある秘密の計画を立てていた!父親を知らないで育ったソフィは、偶然母の昔の日記を見つけ、自分の父親である可能性がある3人の男性の存在を知った。「バージンロードを父親と歩いてみたい!」と、母親に内緒で、いちかばちかで結婚式の招待状を出してみたら、なんと父親候補の3人が同時に現れて・・・その後の、母親のドナやその友人を含めたドタバタ劇・・・。さて、一体最後はどうなることやら!

 

この映画を見たら、きっと、「ギリシャに行きたい!」と思う方が続出するはずです。あくまでも青く蒼く輝く海とビーチ、美しくのんびりした風景、崖の上の小さな教会、白い家、隠れ家的なプチホテル・・・印象的なギリシャの島の風景に出会えます。一体、どこでロケしたの??と調べてみると、ギリシャ本土に近い東側の、北スポラデス諸島のスコペロス島とスキアソス島が主のようです。ミコノスやサントリーニ島といった有名どころではなく、スコペロス島というのは、私も実は初めて聞きました。結婚式が行われた場面の素敵な教会は、スコペロス島の教会のようです。ギリシャには、まだまだ知られざる良いところがあるのだなあ、と実感した次第です。

 

 

個人的に、ギリシャに住んでいる者としてクスッと笑えたのは、ギリシャ人の描き方。ギリシャ人は、ストーリーの主要人物としては登場しないのですが、ホテルの従業員、村人など、描かれるギリシャ人のイメージは、「ちょっと野暮ったい、あまり真面目に働かない、おしゃべり・詮索好き、お祭り好き。」そして、すぐ備品が壊れる古いホテル・・・というのが妙にリアルでした(笑)。

 

そして、気になるアバの名曲は20曲以上。「マニー・マニー・マニー」「チキチータ」「ダンシング・クイーン」など、懐かしい名曲がてんこ盛り!台詞の途中で唐突に、オーバーアクションで歌が始まるというのが、ちょっとなじめない方もいらっしゃるかもしれませんが・・・ミュージカル舞台の映画化なので、大袈裟なのは仕方ないですね。とにかく年代がマッチする方なら、つい、体でリズムを取って、口ずさんでしまうはず。こんなにヒット曲があったんだなあ。歌詞も、ああ、こういう意味だったのね・・などと二度おいしいです。

 

暗い話題の多い中、こういう明るく笑えるコメディーは、精神衛生上、とても良いですね!

 

メリル・ストリープのインタビュー記事も見つけました。来日したんですね!

 

http://www.cinema.janjan.jp/0901/0901220953/1.php

 

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2009年01月19日

アテネでも人気?のH&Mとハローキティ

アテネはバーゲンの真っ最中!

 

最近、日本に一時帰国した時に驚いたのがスウェーデンのブランド、H&Mの人気度。

銀座の1号店では、開店の際は長蛇の列だったらしい。(そして今も?)一方、アテネのH&Mは、行列なしで普通に入れます!

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私がHMと初めて出会ったのは、友人から譲り受けたお古の子供服。頂く物で、可愛いなと思うのが、すべてH&Mだったのです。でも、日本でこんなに人気だとは思ってもいませんでした。バーゲンも始まったので、私も早速行ってみましたが、自分の服は、ちょっと趣味やサイズが合わなくて買わず、子供服を購入しました。下記の品、どれも半額で、単品1000円台です。 DSCF0348

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、特に、こちらのHMの中で私のお気に入りは、ハローキティ柄の服やグッズ。何を隠そう、私は数十年来のキティファン。ここアテネでも、最近はキティの人気が上昇中。本物、偽物問わず、あの親しみのある柄の商品を街中で見かけることが、本当に多くなりました。異国で旧友に再会したようで、私も嬉しいです!日本はどうか知りませんが、アテネのH&Mでは、サンリオとの提携で、本物のハローキティ柄の製品が多く置かれており、子供服ならず、大人用のパジャマ、ソックス、下着などもあって、思わず、年甲斐もなく惹かれてしまいます。

ちなみに、今回購入した物は、こんなものです。価格もリーズナブルですね。特に、バレエシューズ、キティ子供用ショーツの7枚セットはお気に入りです。

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アテネではHMは6店舗あったのですが、そのうち2店舗は閉鎖中。なんと、去年の暴動騒ぎで、エルムー店とスタディウ店が放火されて、真っ黒焦げになってしまいました。再開のめどはまだ立っていないとか。本当に、悲しい限りです。もう一つ残った、旅行者の方でも行きやすいアテネ中心部の店をご紹介します。日曜日は定休日です。バーゲン品は、もうあまり良い物が残っていませんでしたが・・・

 

HM エオルー通り店 (婦人服、インナー、子供服、雑貨)

 Aiolou Eolou) 89 (エオルー通りは、オモニアとモナスティラキを結ぶ、歩行者天国の通り。店は、地下鉄オモニア駅より徒歩5分)

   Tel: 210-3223052

 

混雑した店内では、スリがうようよしています。買い物は、お気を付けて!

個人的な趣味では、ライバル店のZARAの方がデザインは好きだなあ。エルムー通り入ってすぐ左のZARAは、婦人服も子供服も充実しています。

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2009年01月09日

あけまして おめでとうございます!

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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随分、ごぶさたしてしまい、ご心配のメールなども頂きましたが・・・実は、日本に一時帰国しておりました。

 

年末年始で、慌ただしい滞在ではありましたが、こたつで丸くなりながら、久しぶりにレコード大賞や紅白歌合戦を見たり、おせち料理やお雑煮を食べたり、初詣をしたり、温泉に行ったり、買い物三昧、外食三昧したり・・・と、随分、日本の内需拡大に貢献してきました(笑)。

 

長女も、色んな和食初体験をし、お箸も随分うまくなりました。

遊園地、水族館、動物園と連れ回され、スケート初体験や、温泉や銭湯が大のお気に入り。実家のお風呂でも、日替わりの入浴剤を欠かさない凝りようです。お正月ということで、お年玉も結構もらい、ご満悦。日本の夏、秋、冬は体験したので、今度は、桜の季節に来たいね・・・と言い合っています。日本の季節感、四季は素晴らしいですよね。

 

世界中が大変厳しい状況で、暗い話題ばかりですが、落ちた後は上がるしかないと信じて、良い年にしましょう!三輪あきひろさんが出ていたテレビ番組で、「歴史は、良い方向に向かっています。全く心配することはないですよ。」と言っていたので、妙に明るい気持ちになってしまった単純な私です。

 

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2008年12月12日

暴動とクリスマスケーキ

暴動は、今も続いていますが、収束方向には向かっているような気はしています。最近では、便乗して調子に乗った若者の騒ぎが各地で発生して問題になっています。今後は、学生による集会が活発化しそうなので、まだまだ気は抜けませんね・・・

 

今朝方、雷を伴う豪雨があり、アテネの街を掃除していきました。夏が終わり秋の到来を告げる時、ギリシャではこのような雷雨があるのですが、今朝の雷雨も何かの終結を象徴するような気がしました。

日本でも、「雨降って、地固まる」といいますものね。これが、この騒動の終わる前触れであることを祈ります。

 

きのうは、私にしては珍しく、長女とケーキを作ってみました。調度、長女のクリスマス関係の本に簡単なレシピがのっていて、それを前から長女が作りたがっていたので、一緒に作ったのです。暴動が起こっている今だからこそ、そういう、ノーテンキな日常の些細な幸せをかみしめたかったのかもしれません。

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ケーキは、クリスマスに良く見られる木の幹の形のもの、ブッシュ・ド・ノエルとか呼ばれているものの、子供用簡易版だと思います。

 

さて、材料を一瞥すると・・・ビスケット1箱(200g)、粉砂糖200g、バター200g、板チョコ(溶かす)200g、コーヒー(インスタントコーヒーで可、100ml位)・・・・って、みんな200gで覚えやすいけど、これ相当甘くない?これで4人分だって。えーー、すごいカロリーじゃないですか??ギリシャでは(このケーキの発祥はフランスですが、この本にのっていたレシピはギリシャ人のものだと思います!)は、これが常識???ギリシャ人の甘党ぶりを思い知りました。

 

思いあぐねた末、結局、私は、砂糖は上記の4分の1の量、バターは3分の2の量、板チョコも3分の2の量で作ってみました。

作り方は超簡単!!ビスケットは、ギリシャのスーパーで良く売っているビベールという物ですが、日本でいうと、マリーのような甘みの少ないビスケットでOKだと思います。ビスケットを大きな布巾の間に挟み、体重をかけたり、麺棒のようなものでごりごり押して砕いて粉状にし(ここで長女が活躍!)、それをボールに入れて、他の材料(砂糖、柔らかくしたバター、溶かしたチョコレート、コーヒー)と混ぜ合わせて練り(チョコレートは、後で上からかける分は残しておく)、アルミ箔の上に出して木の幹のような形に整えてから冷蔵庫で冷やす。ある程度固くなったら、出して、残りのチョコレートを溶かしたものを上からかけて、周りに柊などを飾る。オーブンを使わないのが良いです(笑)。

 

幹のような形に整えるのは、ちょっと難しかったけれど、アルミ箔で蒔いてから海苔巻き用の巻き簀で包むと安定しました。

さて、肝心のお味の方は・・・・これでもやっぱり甘かったーーーーーーー!!ビスケットやチョコの甘さがあるから、砂糖は全く入れなくても良いかも、と思いましたが、娘にも旦那にも大好評!でした。

 

旦那は、きのう、癌に冒された親友のお見舞いから帰ってきて、神妙な顔で言いました。「彼も、もう長くないと思う。骨と皮のようにやせて、大腸の癌がのどの方にも転移して、声も出ないし、食べることもできないんだ。」と。ちなみに彼は独身です。私も知っている人なので、ショックで何も言えませんでした。

こんなささやかな手作りのクリスマスのケーキでも、家族みんなで喜んで食べるということが、奇跡のような幸せだということが、身にしみて分かりました。仕事があることも、家や食べ物があることも、家族があることも、そして、暴動が起こって、心配してメールや電話をくれる友達の多いことに対する感謝も・・・

 

今まで当たり前だった日常が、非日常と感じられる今日この頃です。

 

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2008年12月09日

ギリシャの暴動

ギリシャ中で大変なことが起こっています。

 

6日の夜、アテネ中心部で、15歳の少年が警察官の威嚇射撃の犠牲となって死亡するという悲惨な事件がありました。この事件がきっかけとなって各地で暴動が起こり、警察当局や政府に対する抗議活動として、怒った若者達やアナーキストがギリシャ中で大暴れしています。

 

銀行、店舗、警察署、政府機関、駐車してある車などを無作為に破壊、放火するなどの蛮行は、目を覆いたくなるものがあります。

 

この暴動は、アテネ市内だけでなく、テッサロニキ、パトラ、クレタ島などの島でも起こっていて、その損害ははかりしれないものがあります。きのうの夜も大変な騒動で、点火式が予定されていたシンタグマ広場のクリスマスツリーも放火で黒こげになってしまったし、横転された車、破壊され尽くした市内の様子をテレビで見るに付け、行き場のない怒りと哀しみを感じます。

 

確かに、少年が警察官のミスによって死亡したことには憤怒を覚えるけれど、どうしてその事件が、こんなに国や一般市民の生活を破壊するような大事になってしまうのでしょう。それも、戦争などではなく、自分や家族・友人が住んでいる国で、罪のない一般市民の財産まで破壊するという行為がどうしても理解できません。この暴動にまぎれて、破壊された店舗や銀行では、当然、金品を強奪して漁夫の利を得る輩もいるわけで、職を失う人たち、観光に与える打撃、市民の生活に対する影響を考えると、暗澹とした気持ちになります。

 

暴動が広がった背景には、警察の姿勢もあるようです。この暴動を抑えるために、また警察によって一般市民に死傷者が出ると、事態は更に悪化するとの考えから、警察も及び腰になって、アナーキスト達も、それを逆手にとって、調子に乗っているのでしょう。

 

大学や中・高校の先生達も抗議ストをすることになったし、明日はゼネスト・・・混乱が早く収まることを願うばかりです。山火事の時も、暗澹とした気持ちになりましたが、今回の暴動は、もっと精神的打撃が大きいです。何も被害を受けていない私でもこうなのですから、実際に物的被害を受けた市民の方の心中を考えると・・・

 

ギリシャにいると、日本では考えられないことが良く起こります。まだまだ、日本人の狭い世界観の中にいる証拠ですね・・

心配して、メールや電話を下さった方、ありがとうございます。昼間は暴徒達も陰をひそめていますし、とりあえず、私たちは、大丈夫です。

 

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2008年12月07日

最近の長女のこと

5歳の長女に、痛いところをつかれてしまった。

 

最近、とみにしっかりしてきたのは良いけれど、結構鋭くて驚くこともある。

「ママ、明日、新しいシーツに取り替えてね。10月から同じのだよ。」・・・って、言われて、さすがに10月からってことはないけれど(苦笑)、そういえば最近、冬場で汗もかかないし・・・と思って、変えるのをさぼってたなと反省。ごめんごめん。

 

また、同じアパートのあるおばさんになついていて、「○○○おばさんのところに遊びにいきたーい!」とせがむので連れていったら、「ママは帰っていいよ。仕事は静かなところでしたいんでしょ。」と、見透かされたような発言。これも、アイタタタ・・・痛いところをつかれた。確かに、忙しいときはちょっと邪険にしたこともあったよね。ごめんごめん。

 

歯がはえるのが遅い遅いと周囲が心配していた長女なのに、もう、下の歯が2本グラグラしはじめた。歯の裏側をのぞいてみると、下から永久歯が顔を出している!本人も、大人に近づいた気がしたのか、とっても嬉しそう。

大好きな水泳も、練習はちゃんと行っているのになかなか上達しなくて気をもんでいたけれど、最近、やっと上のクラスに上がれた!子供用のプールから、いきなり大人用の足の着かないプールにうつることになり、更衣室には保護者は入れないので、着替えも用意もすべて、自分でしなければならなくなった。今まで甘やかしてきたから、自分一人でできるのかなーと不安になり、家でリハーサルをした。泳げる私でも足の着かないところは怖いのに・・・恐がりの長女のこと、最初の日は心配したけれど、なんとか乗り切り、その成長ぶりに感動の涙。最初の頃は、泣いてばっかりいたのに。

 

ギリシャ語の文字を書くのも随分うまくなって、最近、旦那の書いたお手本を見ながらだけれど、ある子供向けの雑誌に手紙を書いて、絵と一緒に投稿したら写真入りで掲載されて、これも良い記念になった。義父母も、近所の人に見せるんだと大変な喜びようで・・・

 

「ママは忘れんぼちゃんだから」と長女にからかわれながら、きっと、私の方が御世話になる日も近いんだろうなー、と思ってしまう。その時は、よろしくお願いしますーー。

 

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2008年12月01日

ギリシャの世界遺産 デルフィ

ギリシャには、ユネスコの世界遺産に登録された、貴重な歴史的建造物や遺跡が18カ所ありますが、今日ご紹介するデルフィもその一つです。

旦那の会社の社員旅行があったので、行ってきました。(ギリシャで社員旅行があるということが驚き!でした。)

 

アテネから約160キロ北部、中央ギリシャの自然豊かな美しいパルナッソス山中に、この小さな村は位置しています。ここは、日本の世界史の教科書にも出てくる「デルフィの神託」が行われた聖域として有名で、今でも当時の様子を彷彿とさせるスケールの大きい遺跡と、重要な発掘物を多く集めた博物館を見学することができます。下の写真は、当時の様子を再現したスケッチで、上部に描かれているのがアポロン神殿です。

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古代、ギリシャが多くのポリス(都市国家)に分かれていた頃、デルフィは「世界のへそ(中心)」と考えられていました。その「へそ」を象徴する当時の発掘物は、博物館の中に展示してあります。

デルフィは、アポロン(秩序と音楽を司どる神)に捧げられた聖なる場所でしたが、紀元前8世紀までにはその神託で有名になり、そのアポロン神殿には、一般人のみならず諸国家の政治的要人までが、政治経済の諸問題についての神託を求めて参拝しに来ました。この神殿は、最初は月桂樹の木で作られていたそうですが、紀元前7世紀に石造りの神殿が建てられ、それから何度となく再建され、現在残っているのは、紀元前4世紀のものです。当時のドーリス式の神殿には、破風に、神々と巨人との戦いやアポロンの彫刻がなされていました。神殿の中には、世界の中心を象徴する彫刻(オンファロス)と黄金のアポロン像があり、神託も神殿の中の半地下で行われたということです。また、神殿の中には、個人や都市国家からの豪華な奉納物が陳列されていました。下の写真は、アポロン神殿跡です。

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さて、神託とは「神のお告げ」ですが、一体どのように行われたのでしょうか?日本の「いたこ」の口寄せは、「いたこ」と呼ばれる女性が死者の霊を自分の体に憑依させて、現世の人間と交信させるものですが、このような女性(巫女)が、古代のデルフィにもいました。その巫女はピュティアと呼ばれ、近くのカスタリアの泉で身を浄めた後、アポロン神殿の地下に入り、地の裂け目から出る霊気を吸い込み、月桂樹の葉を噛みながらトランス(憑依)状態に入っていったと伝えられます。そして、ピュティアの口を介して語られる神のお告げが神官によって解釈され、参拝者に告げられたのです。神託を伺う者は特別な税を支払い、身を浄め、生け贄となる動物を捧げる必要があったそうです。この神託は、冬場を除く月1回行われ、紀元前4世紀にビザンティン皇帝によって異教禁止令が出されるまで続きました。紀元前5世紀のサラミスの海戦でアテネ軍がペルシャ軍に打ち勝ったのも、このデルフィの神託によるところが大きいと言われています。デルフィは、政治や戦争時の政策決定にも利用され、世界の歴史をも動かす力を持つ場所だったのです。

 

当時、入り口を入ると、アポロンの神殿に続く「聖なる道」の両側には、様々な都市国家の宝庫や奉納された彫像が並び、宝庫の中にはそれぞれの国家の奉納物が収められていました。シフノス人の宝庫の正面にあったとされる乙女像や、ナクソス人の奉納したスフィンクスを始め、たくさんの奉納品の発掘物が博物館に所蔵されています。アテネ人の宝庫(下の写真)は、美しいドーリス式の建物(紀元前6世紀)で、マラトンの戦いで得た戦利品が並べられていたといいます。

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また、アポロン神殿の少し上には劇場(下の写真、ローマ時代に再建)があり、更に10分ほど坂を上ると、紀元前3―4世紀に建設されたスタジアムがあります。ここでは、4年に1度、アポロン神にささげる「ピュティア競技会」が開かれていたそうです。また、アポロン神殿から下を眺めると、南東方向の山のふもとには、アテナ・プロナイアの神域とギムナシウム(体育場)の跡が見られます。

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さすがに、古代世界の中心と考えられていた場所、山と緑と清浄な空気に包まれ、自然の不思議なパワーがみなぎっているような気がします。

 

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2008年11月19日

オリーブの収穫の季節

 ギリシャでは、11月になると、たわわに実ったオリーブの実の収穫が始まります。農家では、低い枝の実は手摘みで、高い枝の実は棒で叩いて下に敷いたマットの上に実を落とし、収穫します。家族総出、臨時作業員を雇ったりして行う大変な作業です。

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ギリシャにとってオリーブは、なくてはならない存在。日本の醤油、味噌、梅干し、米に匹敵するような主要食材です。ギリシャの各地にオリーブ畑が見られ、その種類は100種類以上、国民一人当たりのオリーブ油の消費量はなんと世界一です。ギリシャ料理には、おたまで何杯分ものオリーブ油を使ったりしますし、食用の他、美容や医療、燃料などにも古代から珍重されてきました。教会の聖油として使われるオリーブ油は「光」を象徴し、ギリシャ正教の洗礼式には、体にふりかけたりもします。

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オリーブの記述はギリシャ神話の中にも多く見られ、歴史的にもその関わりの深さが伺われます。どれも、ギリシャにおけるオリーブの重要性を示す逸話ばかりで、興味がそそられるところです。ギリシャ神話の中のオリーブについては、また書きますね。

 

個人的には、私の中でも、今ではオリーブはなくてはならない食材になってしまい、いつもスーパーで、どのオリーブにしようか迷ってしまいます。これまたオリーブファンの長女と一緒に、いつも、味見させてもらって楽しんでいます!

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2004年のアテネオリンピックでは、オリーブの枝の冠がオリンピックの勝利者に与えられ、平和の象徴として、オリーブは国連の旗のデザインにも使われています。樹齢が何千年と言われる古木もあり、夏は40度近い炎天下に半年くらい雨の降らないこともあるギリシャの気候も耐える、本当に貴重で強靱な、まさに神の恵みを象徴した木だと思います。

 

去年の夏の山火事で、そのオリーブの木がたくさん失われてしまったことを、本当に残念に思います。

 

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2008年11月13日

マラソンの発祥地、ギリシャで走る秋のイベント

マラソンの発祥地であるギリシャにて、アテネ・クラシック・マラソンが11月9日に開催され、女子部門では、見事、日本の田上麻衣選手が2時間36分58秒で優勝しました!男子部門では末次巧幸選手が2時間17分10秒で7位に食い込みました。ちなみに、男子1位はケニアの選手で、2時間12分42秒の新記録を出して優勝しました。

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優勝した田上選手、目標とする選手は、あの2004年アテネオリンピックで優勝した野口みずき選手とのこと。その野口選手と同じコースを走り、野口選手の記録より10分ほどの遅れでゴール、見事に優勝した田上選手。夢と目標に、どんどん近づいている感じですね。競技後のコメントとして、「今年は4回もマラソン大会に参加して疲れていたけれど、このアテネのコースも、事前に一部走ってみて、その厳しさを実感していたので、本番で抑制したことが勝利につながりました。」というようなことがギリシャの記事で書かれていました。現地新聞にも田上選手のゴールの写真入りで、記事が載っていました。どうも、このアテネのマラソンコースは、日本女性選手と相性が良さそうです。

 

 

今年も、通常の42.195キロコースの他、ちょっとそこまで自信の無い方用に、10キロ、5キロのプチマラソンもあり、全世界から1万人以上の選手が集い、参加したとのことです。

 

今では世界中で愛されているマラソン競技ですが、その起源は、紀元前5世紀の「マラトンの戦い」です。第一次ペルシャ戦争で、ギリシャ軍とペルシャ軍がマラトンの地で戦い、数的にも圧倒的不利な状況から一転、ギリシャ軍が勝利しました。この喜びのニュースを一刻も早くアテネの市民に伝えるため、足の速い伝令がマラトンからアテネまでの長距離を必死で走り、アテネに到着してギリシャ軍の勝利を伝えた後、力尽きて息絶えたという英雄伝があります。この伝説が元になってマラソン競技が始まったのです。

 

アテネ・クラシック・マラソンはこのマラソンの起源となった歴史的コースを走るもので、スタート地点は、ギリシャ東海岸沿いのマラトン市、ゴールはカリマルマロと呼ばれる、アテネにあるパナティナイコ・スタジアム。途中坂が多く、かなり厳しいコースです。ちなみに、ゴールになるこのスタジアムは、1896年に第1回近代オリンピックが開催された記念すべき場所で、2004年アテネオリンピックでも、マラソンのゴールとなった所です。(下の写真は、2004年オリンピック時のスタジアムの様子)

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そして、アテネ・クラシック・マラソンよりもずっと知名度は低いのですが、ギリシャには、もう一つのマラソンの国際大会があります。それは、1983年から始まった超長距離マラソンの「スパルタスロン」。こちらは、第1次ペルシャ戦争の際に、アテネ軍の伝令フィディピデスが、援軍を求めるためにスパルタまで走り、往復約500km近くを4日で駆け抜けたという故事が起源となっています。

 

その名前が示す通り、こちらは、アテネからスパルタまでの約250キロの距離を36時間以内に走るウルトラレースで、標高1100mのサンガス山越えなどがあり、完走率も低い厳しいサバイバル競技です。今年は9月27、28日に行われました。コースも苛酷だし、出場資格条件も厳しいことから、少人数の戦いになっていますが、いつも日本人の参加が多いのが驚きです。開催地のギリシャや近隣のヨーロッパ諸国の出場者よりも、日本の選手数の方がずっと多いのです。

 

そういえば、ギリシャは、公園でジョギングしている人もあまり見かけない反面、日本人はマラソン向きな性質なのかもしれません。発祥地ギリシャよりも、マラソンに賭ける情熱は日本の方が上かもしれませんね。

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2008年10月31日

ギリシャ国家記念日(オヒ・デー)のイベント

10月28日は、ギリシャの国家記念日(祝日)でした。

通常「オヒ・デー」と呼ばれていますが、ギリシャ語で「OXI(オヒ)」というは

NO」の意味です。

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1940年10月28日、ムッソリーニ率いるイタリア軍がギリシャに侵入してきて、占領しようと試みた時、イタリア軍の「降伏するか」の問いに、ギリシャのメタクサス将軍が毅然と「オヒ!(否!)」と言って拒否したことが、この「オヒ・デー」の由来です。

 

圧倒的に不利な状況であったにもかかわらず抗戦の道を選択し、イタリア軍と厳しい山岳戦を闘い、最後には見事にアルバニア国境を越えて撃退した、記念すべき日なのです。誇り高いギリシャ魂と、自由への強い意志を感じるエピソードです。ギリシャには、「自由か、さもなければ死を!」という、独立戦争時の有名なスローガンがありますが、これはギリシャ人の気質を象徴しています。

 

さて、この日は祝日で、様々なギリシャの街でパレードが行われますが、この日の数日前には、学校でもパレードやお祭りが行われる習慣となっています。まだ意味も良く分からない幼稚園の頃から、こういう行事が行われるということによって、自然と愛国心が育ち、歴史に興味を持たせることができるのですね。この記念日に関する歌も多くあり、かなり難しい歌詞なのですが、語呂が良くできていて節が単調なので、子供は、お経のようにすぐ覚えてしまいます。学校のイベントでは、これらの歌を合唱し、生徒が一人ずつ詩(台詞)を斉唱したりします。

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ギリシャの有名な詩人、ソロモスの「自由への讃歌」が原詩となってできたギリシャの国歌や「国旗」という歌では、ギリシャ人の自由への熱い思いを歌い、「ドゥーチェ(ムッソリーニ)が軍服を着る」では、イタリア軍との山岳戦で、ギリシャ兵がいかに勇ましくイタリア軍を撃退したかを歌い、「ギリシャは決して死なず」という歌では、ギリシャの栄光と威信を歌っています。

 

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長女の幼稚園では、当時の新聞のコピーをくれ、「家でこの日のことを話し合って下さい。」との宿題が!(私には歯が立ちませんね。)ムッソリーニやメタクサ将軍の写真などが載っていました。 

ちなみに、幼稚園年長の長女と保育園に通う次女も、園のイベントで言う台詞をもらってきましたのでご紹介しましょう。ギリシャは演劇発祥の地ということもあり、小さい頃から、人前で台詞を言う機会や、演劇の催しがとても多いような気がします。こうやって、度胸がついていくのですね。

 

 

長女の台詞

「この記念すべき日、一同集え、国旗を高く掲げよ、志を高く持て!」

 

次女の台詞

「全ての民が、今日、私たちと共に祝う。偉大なる我々の祝祭、我々の勝利をたたえよ!」

 

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2008年10月25日

聖ディミトゥリオスの日

 ギリシャで、明日10月26日は、聖ディミトゥリオスの日です。ギリシャはギリシャ正教の国なので、1年のうちには、聖人を記念する日がたくさんあります。この10月末の聖ディミトゥリオスの日あたりからギリシャでは冬が訪れると言われ、この週末から冬時間に変わります。

 

さて、聖ディミトリオスとは、どんな人だったのでしょうか?

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聖ディミトリオスは、ギリシャ第二の都市、北部テッサロニキの裕福な家庭に生まれ、青年時代にはローマ軍に従事していましたが、キリスト教に出会って洗礼を受けてからは、教義の流布、宣教の道に励んでいました。

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しかし、当時、ギリシャを支配していたローマ帝国の皇帝マクシミアノスは、キリスト教を弾圧していました。

 

そして、皇帝がテッサロニキを訪れ、聖ディミトリオスの噂を聞くと、彼を牢屋に投獄してしまったのです。しかし、聖ディミトリオスは、牢屋の中でさえ、宣教の道を諦めませんでした。

 

当時、ローマ帝国支配の時代には、皇帝の娯楽のために、様々な競技が開催されていましたが、千客万来のあるスタジアムでレスリングが行われた時、当時の怪物レスラー、リエオがキリスト教徒に対戦を挑みました。

「キリスト教徒のやつは、相手になるぞ。誰でもかかってこい!キリストとやらの力を借りて、俺に打ち勝ってみろ!」怪力・巨人の彼の前には、恐れて誰も志願しませんでしたが、遂に、ネストラという若者が、キリストが冒涜されることに堪えられず、戦う決心をしたのです。

 

彼は、こっそりスタジアムを抜け出し、聖ディミトゥリオスが投獄されている牢屋に行き、彼から神の祝福の力を授けてもらい、帰還しました。戻ってきた彼は、自信満々に「俺が相手になる。キリストの力を借りて、お前に勝ってみせるぞ!」と挑みました。そして、試合が始まって最初の一撃で、なんと怪物レスラーを倒し、相手は息絶えてしまいました。キリストの力が勝利したのです。

 

この結果に激怒した皇帝は、ネストラと、祝福を与えた聖ディミトリオスを死刑にしてしまいました。

 

信者は悲しみにくれながら彼をお墓に埋葬しましたが、そのお墓から、没薬(もつやく:古代から、薬や香の材料として珍重されてきた樹脂、救世主の象徴とも言われる)がしみ出てきたという伝説があります。そして、後に信者は、テッサロニキに壮大な聖ディミトリオス教会を建て、街の守護神として崇め、現在では、毎年10月26日に、彼を偲んで、盛大なミサが行われるようになりました。

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実は、このお話は、長女が幼稚園でもらってきたプリントを訳したものです。長女と一緒に、私も、一緒にギリシャの勉強をさせてもらってます。

 

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2008年10月20日

育児サークルの運動会

大仕事が終わって、ほっとした週末・・・

 

何を間違えたか、自分の子育てもままならない私が、アテネ日本人会内育児サークルの会長になってしまってから、はや4ヶ月。

 

「異文化の中で育つ子供達に、日本語や日本文化を伝えたい」という趣旨で、会の発足から会則作り、運営、企画まで、他の役員の方と力を合わせて手探り状態でやってきましたが、結構、準備も本番も大変です。

7月は七夕会で笹の飾り付けや歌、8月は休みで、9月は夏休み報告会や絵日記、お月見の話と団子作り、本の読み聞かせ、秋の歌・・・などの活動をやってきましたが、先週の土曜日は、10月のイベント「運動会」でした。

 

年齢の異なる子たちが楽しめる競技、日本の昔からの伝統遊びなどを取り入れて種目を決め、この老体に鞭打って前日に長女とリハーサルをしたら、心臓バクバク・足ガクガクの息切れ状態。改めて、運動不足、体力の衰えを痛感。それに、昔良く遊んだ遊びでも、ルールが良く説明できなかったり、歌の内容が理解できていなかったり・・と、他人の子供にも教える側に立つとなると、責任重大です。でも、インターネットで調べると、情報が出てくる出てくる・・・本当に、今という時代は便利です。運動会の準備期間は、そんな情報集めでパソコンに張り付いていました。

 

恥ずかしながら、体育の日はいまだに10月10日の固定祝日だと信じていたし、10月10日は東京オリンピックの開会式の日だったという歴史も改めて知ったりして、自分の無知ぶりを思い知らされました。日本の伝統遊びについて調べていると、あんたがたどこさ、花いちもんめ、かごめ、等の歌に秘められる謎、解釈の色々など、子供の歌らしからぬ内容も多くてびっくり。花いちもんめの「花」は遊女を意味し、「勝って嬉しい」だと思っていたのは実は「買って嬉しい」の意味だという解釈や、かごめの歌は、徳川の埋蔵金のありかを示す歌だとか、姑が身重の嫁を後ろから突き落とす歌だとか、そんなおどろおどろしい解釈もありました。後、綱引きの「オーエス!」のかけ声の由来は海軍で、フランス語で「(帆を)引っ張れ」という意味だとか・・なんだか、「運動会クイズ」ができそうですね。結局、そんな蘊蓄も質問されることもなく済んで良かったですが・・・自分のためになりました(笑)。

 

ラジオ体操もやりましたが、これって、かなり日本的な物ですよね。日本にいる時は何も感じなかったけれど、ギリシャでは、まず考えられない(苦笑)。そういえば、日本を皮肉ったパロディー映画で、「日本には、こんな変なものがあるんだぞー!」と言いたげに、ラジオ体操をおもしろおかしく、からかっている映像があったのを思い出しました。でも、これはバカにできないですよ!いざ、やってみると、体全体の筋肉をくまなく使うように良く考えられていて、素晴らしいなと再認識。これから毎朝やってみようかな。長女も、ラジオ体操をやっているうちに「だんだん楽しくなってきた!」と言ってくれたので、大爆笑。

 

そして、運動会の本番・・・ヘルプがあったものの、大声で競技説明と実演、体にこたえました。

ゴム段の実演で、「上手―!」と褒められて嬉しかったけれど。

それにしても、子供達をまとめるって、大変な仕事ですね。大縄や、ゴム飛びや、ゴム段や、実演してみせると、皆、すぐにやりたがって、収拾がつかなくなってしまうんです。それから、氷鬼をやった時、皆が鬼になりたがるので驚きました。綱引き、二人三脚、中ぶつけも、結構、盛り上がりましたね。それから、男の子は、やっぱり活発。女の子2人でフーフー言っている私は、まだまだ甘い・・・というのが分かりました。

 

けが人もなく、無事に終わったのが何よりでした。最初は冷めた感じだったのに、だんだん、子供達の目が輝いてくるのを見るのが楽しかったです。(私に似て軟弱な長女は、途中でだれてましたが)それに、何よりも、「育児は育自」ということを再認識しましたよ。

 

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2008年10月15日

ギリシャのカフェでコーヒータイム

お久しぶりです。子供の学校や習い事が始まり、その他、色々な仕事が重なって、また、バタバタとした日々を送っております。

 

そんな中で、ホッと一息付けるのがカフェタイム。子供の習い事の終わるのを待っている間、文庫本を片手にカフェにいる時間は、私のゴールデンタイムです。

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ギリシャ人は、カフェ大好き人間が多いです。というか、おしゃべり好きというべきか・・・カフェはいつも人で一杯です。読書している人は・・あまり見かけません。

 

 

夏はもちろんアウトドアカフェ。冬でも、周囲をビニールシートで覆って寒さや風よけし、暖房器具をおくカフェもあり、そこまでして外でお茶している人を良く見かけます。そして、かなりの確率で片手にはタバコが・・・本当に喫煙人口が多い国でもあります。タバコが苦手な方は、アメリカ系の禁煙カフェに逃げ込みましょう。

 

日本人は、コーヒーと共にお茶も大好きだと思いますが、ギリシャでお茶というと、なんだか病人用、体の調子が悪いときの飲み物・・・といった印象があります。うちの義母も、下痢をしたらレモンティー、病み上がりや胃の調子の悪い時は、ハモミールティー、山のお茶(チャイ・トゥ・ブヌ)・・・といった感じです。まあ、最近では、ペットボトル入りの紅茶なども随分出回ってきたし、カフェのメニューにもありますが、依然として、カフェでは「やっぱりコーヒー!」なんですよね。

 

ギリシャのカフェでメニューを見ると、結構な種類のコーヒーがあって迷ってしまうと思います。

フィルター・コーヒーは別名ガリコ・カフェと呼ばれるフランス風、カプチーノ、エスプレッソはイタリア風というのはまあ良いとして、カフェなのに、堂々とインスタントコーヒーを出しているところが笑えます。「ネス」というコーヒーは、ご存じネスカフェの粉を溶かしたものです。そんなもの、わざわざお金を出して飲む気もしませんが、まあ、場所と雰囲気なんでしょうね。

 

夏の定番ではフラッペというアイスコーヒーもあります。といっても、日本のアイスコーヒーとは違い、撹拌して泡をたくさん立たせるのが特徴。砂糖とミルクはどうするか聞かれるので、砂糖を入れるのなら「メ・ザハリ(with sugar)」、ミルクを入れるのなら「メ・ガラ(with milk)」と言って頼みましょう。

 

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これらに対し、昔からあるギリシャコーヒーはエリニコカフェと呼ばれ、年齢層の上の人に人気です。トルコ・コーヒーと同じものですが、トルコ占領の辛い過去を持つギリシャ人はそれを認めず「ギリシャコーヒー」と呼んでいます。これは、コーヒーの粉(写真下)を専用の小さい鍋に入れて、水と好みで砂糖を入れて沸かして溶かし、泡が立ってきたら吹きこぼれる直前で火を止め、ちょっと粉が沈殿するのを待ってから頂きます。濃いので、エスプレッソのような小さなカップで出てきます。ご想像がつくかと思いますが、これは結構粉っぽいザラザラした味わいですが、慣れるとなかなかおいしいものなんです。くれぐれもかき混ぜないように・・・余計に粉っぽくなりますから。初心者は、「メトリオ」と言って、砂糖をちょっと入れて貰った方が飲みやすいと思います。飲み終わった後、カップに沈殿したコーヒーの粉の形で「コーヒー占い」をする人もいるそうです。

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そして、このコーヒーの良いところは、どこに行っても、メニューの中で一番値段の安いコーヒーだということです。ヨーロッパ中で、一番コーヒーの値段が高い国だと言われているギリシャ、これだけは適正価格かも知れません。エリニコカフェは、カフェニオンと呼ばれる、おじいさん専用(?)の渋いカフェでは定番です。カフェニオンは、客層を見ればすぐ分かると思うのですが、若者はもちろん、女性も寄せつけない雰囲気を持っています。昔からの、男性の社交場です。こちらは、遠くからそっと見守るだけにしておきましょう。

 

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2008年09月26日

クレタ島紀行(アルカディ修道院編)

 クレタ島は、地中海に浮かぶギリシャで一番大きな島で、美しいビーチ、セレブも訪れる高級リゾート地、ミノア文明発祥の地、豊富な農作物や珍しい草花、多くの遺跡、変化に富んだ地形や洞窟・渓谷などの恵みを観光のセールスポイントにしていますが、実は、その歴史は、戦争、占領、略奪、などの困難な出来事で彩られています。

今日は、その中の一つの悲劇的なエピソード、ギリシャ正教徒の聖地となっている修道院を紹介しましょう。

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クレタ島の北西部、美しい港町レスィムノンの近くに、そのアルカディ修道院はあります。16世紀に建設され、その優美で均整のとれたファサードを持つ修道院は、建築洋式としても大きな歴史的価値を持つ遺産です。向かい側の回廊の2階に上れば、修道院と、色とりどりの花に囲まれた美しい庭園を一望することができます。

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ギリシャは、15世紀にオスマン・トルコ帝国に占領され、1830年にヨーロッパ列強国によって独立を認められるまで、400年近くもトルコ支配による辛酸をなめてきました。本土独立後も、クレタ島は依然としてオスマン・トルコの支配下にあり、抑圧された生活であったため、誇り高きクレタ人たちは、自由・独立を求めて戦ってきました。

 

1866年の11月、独立を望むクレタ人による大きな反乱が起こり、それを鎮圧するためにトルコ軍が出動し、アルカディ修道院には、多くの追いつめられたクレタ人反乱軍とその家族が避難し、たてこもりました。その数は、女性700名、男性287名にも及んだといいます。そして、その中の45名は、ギリシャ正教の僧侶たちでした。この時代のギリシャでは、トルコ支配下にあってもギリシャ正教の自治は認められており、ギリシャ正教の教会や僧侶たちは、ギリシャ人たちの心のよりどころ、アイデンティティーを象徴していました。

 

トルコ軍に包囲されて降伏を要求されて籠城の後、敵兵が修道院の中に攻め入った時、その悲劇は起こりました。トルコ軍の捕虜になって辱めを受けるより、誇り高き死を選んだギリシャ正教徒達は、自らの手によって修道院の火薬庫に火を放ち、集団自決したのでした。その爆破により、籠城していたほとんどのギリシャ人と、多くのトルコ軍が死傷しました。「自由か死か」という誇り高きスローガンは、ギリシャ独立戦争を象徴するものですが、この事件は、まさに、このスローガンを有言実行したものでした。このアルカディ修道院集団自決は、ヨーロッパ列強国にも大きな衝撃を与え、一気にクレタ解放に手を貸すきっかけになった、重要な歴史的事件でした。

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修道院の中の壁や木には、トルコの砲弾の跡と見られる穴が痛々しく残っており、当時を偲ばせます。また、修道院内にあるミュージアムの中には、当時使用された武器や、火事から焼け残ったイコンや教会の備品、建物の一部、僧侶の個人的遺品などが展示されています。今では、その庭には美しい花が咲きみだれ、まるで地上の楽園のような雰囲気で、当時の悲劇が嘘のような静寂に包まれています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この修道院は、ギリシャの誇りを守った象徴として、ユーロ導入前のドラクマという紙幣のデザインにも使用されていました。それだけ、ギリシャの歴史にとって重要な意味を持つ場所なのですね。日本の「ひめゆりの塔」と決定的に違うのは、この集団自決は、戦争の悲劇としてというよりは、ギリシャ人の誇りと威信を守ったという「英雄的行為」として語り継がれているということでしょうか。

 

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2008年09月18日

9月ーー新学期の始まり

長いと思っていた(やっぱり長かったかな?)子供の夏休みも終わりを告げ、ギリシャも新学期が始まりました。

今年は9月11日が始業式。始業式の様子は去年の記事をどうぞ。

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5才になったばかりの長女は幼稚園の年長組、3歳半の次女は別の保育園の年少組になりました。どちらも去年度からの同じ学校なので不安は少なかったのですが、長女の方の幼稚園で、ちょっとしたトラブルが!!

 

ギリシャでは幼稚園の年長組が義務教育に組み込まれたため、年長組の子供の人数がどこもパンク状態。公立の幼稚園では、年長組優先なので年中組の子供が入学できなかったりという話も聞きましたが、長女の通う私立の幼稚園では、なんと、年長組と年中組の混合クラスになってしまったのです。この年頃の1年の差というのはかなりなもので、長女と1年半差の次女を考えてみても、年長と年中を同じクラスにするのは、先生にとっても生徒にとってもマイナスになるような気がするのですが・・・

 

人数も、1クラス28名と大幅増、去年は17名位だったので、人口密度も激化・・・本来なら、建物の1階が年中クラス、2階が年長クラスで、長女も、年長クラスになったら、2階に行けると楽しみにしていたのに・・・・(涙)

 

今年度は年長の生徒数が激増し、年中の生徒数が少なかったので、苦肉の策で、年長と年中の混合クラスが3クラスできて、長女は、不運にも以前と同じ1階の教室に残留となってしまったのです。前に同じクラスだった友達のほとんどが2階のクラスに行き、長女を含め3名だけが1階のクラス。これでは、まるで年長に上がれなくて落第したような印象・・・(苦笑)。友達にも、Eちゃんは、また(まだ?)下のクラスのなのー?とからかわれそうです。

 

現に、1階クラス残留の長女の親友は、1階の教室に入ろうとすると、門番のようなおばさんに、「そこは年中組の教室よー!あなたは上でしょ?」と言われて、泣いてしまったとか。全く、従業員さえも現状を把握していない(怒)!繊細な子供の心を傷つけて良いのか!?

 

学校側に文句を言うと、「混合クラスの方が、学ぶことも多いんですよ。それに、1階の方が場所も広いし、仲良し3人組を一緒のクラスにしてあげたんですよ。休み時間には、上のクラスの子とも遊べますし。」と恩を着せるような回答。確かに、親友と同じクラスというのは、嬉しい計らいだけれど・・混合クラスになったら、今までやってきたこと(ギリシャ語のアルファベット、英語、フランス語などの勉強)をもう一度やるのか、それとも、年少の子がいる同じ教室で、一人の先生しかいないのに、別々のことができるのか、子供が28人もいて目が届くのか・・・と色々な不満や不安が吹き荒れて、長女の落胆も相当なものでしたが、私や旦那の落胆はそれ以上で、しばし落ち込んで無口になってしまったのでした。

 

しかし。これも、時の運。今は過渡期なので、ギリシャ中の幼稚園で何らかの問題が起きているはずです。一応、学校側には言うことだけは言って、後は、長女の楽しい幼稚園生活を、前向きに応援することしかできません。幸い、長女は幼稚園大好き。それでも、喜んで通園しています。

夜も、早めにお風呂に入り、朝も眠くて泣くことはなくなり、成長を感じます。

 

長女の親友のお父さんとの話で、「今度の先生は、上のクラスの先生よりも良い先生だし(お姉さんが幼稚園の時、その先生のクラスだったとのこと)、2階は2クラスで、1階は1クラスだから、1階の方が場所が広くて良い」などというポジティブな面も発見し、まあ、仕方ないか・・・と諦めモードです。

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さあ、また、毎日6時起き、寝不足とお弁当メニューに悩み、習い事の送迎に奔走する毎日の始まりです。

 

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2008年09月10日

ギリシャのイチジク

ギリシャの名産品に、イチジクがあります。

 

8月の真夏が旬で、これが、なんとも言えないほどおいしいのです。日本のイチジクは、あまり美味しいと思ったことはないのですが、ギリシャのイチジクは、その甘さ、濃厚さ、プチプチした食感がたまらず、すぐに虜になってしまいました。この1ヶ月ほど、毎日のように食べています。

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イチジクは漢字で「無花果」と書くので、花がないのかと思いきや、その正反対!あの袋の中に入っている赤いツブツブが、みんな花なのです。その栄養価・効能は秀逸で、カリウム、カルシウム、ビタミン、豊富な食物繊維などをバランス良く含み、整腸作用、便秘解消、酵素による消化促進、二日酔い防止、コレステロールの吸収防止、喉の消炎作用、免疫力の増進、抗ガン作用、抗酸化作用、更年期障害改善、痔の改善、などの効用があげられます。 でも、未熟な実を食べると、逆に胃が荒れるらしいので注意しましょう。

 

さて、このイチジクの歴史は古く、アラビア半島が原産と言われ、ヨルダン渓谷の遺跡、エジプトの壁画上でも発見されています。旧約聖書で、アダムとイブの裸を隠すために、イチジクの葉を使用したという話は有名ですね。ギリシャでも、この果物との関わりはとても古いです。ギリシャ語ではシコ(複数形はシカ)という名前で、紀元前にまずクレタ島に伝わり、その後、ギリシャ全土に伝統的食料として広がり、大切にされてきました。古代では食用、薬用としてとても珍重されていたため、一部の種類は、輸出を禁止した法律があった時代もあるほどです。多くの花が詰まっていることから、繁栄、多産の象徴であったとも言います。またギリシャ神話の中では、女神デメテルがイチジクを作ったと書かれています。写真下左側の黄緑色のイチジクが「バシリカ」という呼ばれる種類で、「王様」という意味を持つだけのことはあり、とてもおいしく、値段も高いです。右側の黒っぽいイチジクが「マブロ(黒)」という種類で、割ってみると、周りの黄色い果肉が多く、真ん中の赤い花の部分が少なく、甘みも薄いです。

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古代ローマでもイチジクは「聖なる木」として珍重され、当時、少なくとも29種類ものイチジクがあったそうです。イチジクは、まず地中海地域に伝わり、その後、スペイン人の遠征によって、世界に伝えられました。今では、ギリシャを始め、トルコ、スペイン、ポルトガル、アメリカのサンディエゴなどが名産地として知られています。

 

このギリシャの宝とも言えるイチジク、生で食べるのが最高ですが、季節が合わなかった場合は、乾燥イチジクやシロップ漬けもお勧めです。乾燥イチジクは、その夏の収穫物で作ったものが10月頃から市場に出てきます。ちょっと堅いですが、噛めば噛むほど味が出て、美容や健康にも良いし、おみやげにも最適です。また、「グリコ・クタリウ」と呼ばれるシロップ漬けは、ちょっと日本人には甘すぎる感がありますが、ギリシャの伝統食品です。昔、ケーキ屋さんなどがなかった頃は、一家の主婦は、季節の果物をシロップ漬けにして保存食にし、お客様へのもてなしに出したりしたそうです。今では、他のお菓子に押され気味ですが、ヨーグルトにかけて食べたりするとおいしいです。

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kiyomulan at 05:16|PermalinkComments(12)TrackBack(0)この記事をクリップ!ギリシャの食べ物 | ギリシャ生活

2008年08月31日

クレタ紀行(スピナロンガ島編)

アテネも、きのう、今日と秋の到来を告げる(?)雷がなり、雨も降ったのでちょっと涼しくなりました。明日から、もう9月ですね。

 

クレタ紀行も、記憶も薄れてきてしまった(苦笑)ので、文章は短く、さらっと写真紀行にします。

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スピナロンガ島は、クレタ島の東部のプラカという村から、船ですぐの小さい島です。

 

ここは、1903年から1954年まで、ハンセン病(ライ病)の患者が隔離されて居住していた島です。ハンセン病患者達が普通に生活を営んでいた村や病院、ヴェネチア共和国時代(16世紀)の要塞、オスマントルコ占領時代の建物などが残されています。

 

現在は、観光のために公開されている無人島のようです。

店は、港に一軒だけ小さなカフェがありますが、トイレを借りようとしたら「海でして下さい」と言われました(苦笑)。こんな綺麗な海に、申し訳なくてできないですよー。下水道がないんですね。

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周囲の海は、信じられないほど透明度が高く綺麗です。

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この島は、イギリスの作家、ヴィクトリア・ヒスロップのデビュー作で、2007年ブリティッシュ・ブック・アワード新人賞を獲得し、世界20数カ国にも翻訳出版された「The Island」(日本の翻訳本タイトル「封印の島」)の舞台となったところです。作者は、この島の歴史に触発されて、この物語を書いたそうですが、面白そうなので、私も読んでみたいです。

 

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kiyomulan at 18:23|PermalinkComments(2)TrackBack(0)この記事をクリップ!ギリシャ生活 | 旅行に役立つ情報